あなたの目の前にジャムパンが3つ並んでいる。1つ目はあなたが貯めたポイントで手に入れた130円のコンビニジャムパン。2つ目はあなたの小遣いで買った同じジャムパン。3つ目は母親がスーパーで買ってきた安売りの88円のジャムパン。
「さてどれから食べようか」。コーヒーをすすりなら考える。「よし決めた」と、コーヒーをテーブルにドンッと置く。安物の折りたたみテーブルがガタガタ揺れる。コーヒーが少しこぼれて、88円のジャムパンの袋にかかって汚れる。「これにするか」。
待てよ。テレビの料理対決を思い出す。勝つと思っていた人が負けた。自分のセンスが間違っているのか、プロが保守的なのか。違う、食べる順番だ。どう考えても最初に食べるビビンバ丼のほうが、最後に食べるビビンバ丼よりうまいだろ。空腹は最高の調味料と言うではないか。
せっかくポイントで手に入れたジャムパン。少ない小遣いで買ったジャムパン。88円のジャムパンのために、おいしさが目減りしたらどうする。「明日、食べる」という手もあるな。しかし「賞味期限」という問題がある。期限に近づくほど、パンは確実に固くなる。それはイヤだ。とすると、ポイントジャムパンと自腹ジャムパンの二択か。
決めた。ポイントジャムパン。なぜ自腹ジャムパンがじゃないかって? タダで手に入れたポイントジャムパンより、自分のお腹を痛めたジャムパンの方が「消費」という重みがある。たとえパンが固くなったとしても、その存在感が働く意味を教えてくれるだろう。
いただきます。って、待てよ。130ポイント貯めるのにいくら使ったんだ。200円で1ポイントだから130×200=26000円。26000円。今、手に持ってるジャムパンは130円ではない。自分の腹を26000円も痛めて手に入れたのか。
自腹ジャムパンをチラリと見る。130円。時給1200円として7分ぐらいか。7分。自腹26000円だと1200×8時間働いて、ほぼ3日。自腹ジャムパンの輪郭がぼやけてくる。手に持ったポイントジャムパンがずっしり重たくなってきた。どっちから食べたらいいんだ。
と、そこにそそっかしい刑事が部屋に駆け込んでくる「動くな」。なにをしていたか問い正される。自分でもよく分からない。「答えろ」。刑事がポイントジャムパンをテーブルに叩きつける。「どのジャムパンを食べようか贅沢な悲鳴を上げていた」と答えるしかない。
刑事は「ポイントでジャムパンが買えるか」と、自腹ジャムパンを手にとって「ジャムパンってのはな、お金を出して買うもんなんだよ」と、自腹ジャムパンをテーブルに叩きつける。「ポイントってなんなんだ? 出どころはどこだ、答えろ」と胸倉をつかまれる。
「ポイントの出どころ? どこだろ?」と考えようとするが、刑事がポイントジャムパンと自腹ジャムパンを交互に持ってテーブルに置くのが気になる。ジャムパンがシャッフルされて、どっちがポイントジャムでどっちが自腹ジャムパンか分からなったら困る。
刑事がようやくジャムパンをテーブルに置く。ホッとして考える。130円のジャムパンをもらえるということは、ポイントはお金と同じ価値があるということか。そもそも「もらう」という言い方に違和感がある。「使う」とか「払う」という方がしっくりする。「ポイントをもらったので、ポイントを使って払います」という人もいる。ややこしい。
ジャムパンを作るのにはお金がかかる。ジャム代とかの材料費、作る人とか運ぶ人とか売る人の人件費、工場とかの設備費、設備を動かす電気代、燃料費。なんだかんだ合計した金額を1個で割ると130円。
ポイントで払うってどういうことだ? ジャムパンの工場の人が稼いだお金でジャムパンを買うのは分かる。お金が回っている。じゃ、ジャムパン工場の人がポイントでジャムパンを買ったら130円の回収はどうなるんだ? 回り回ってジャムパン工場の人の給料に響かないか。
刑事が88円ジャムパンをあなたの前に置く。「母親を泣かせるつもりか」と、揺さぶりをかけてくる。偶然とはいえ、母親が買ったジャムパンを手にした刑事のセリフは堪える。確かに親不孝な息子だったな。
「分かった。署で話を聞く」と、しびれを切らした刑事があなたを立ち上がらせようとする。と、テーブルにあなたの体が当たってジャムパンがテーブルから落ちそうになる。あなたはとっさにすべてのジャムパンを抱え込もうとする。88円ジャムパンの姿がない。
刑事は床に落ちた88円ジャムパンをいぶかしげに拾う。「中になにか隠してるのか」と、袋を開けて食べようとする。「返してください」とあなたは知らぬ間に叫んでいる。
と、先輩刑事が来て、誤解が解ける。助かった。あなたは3個のジャムパンをテーブルに並べる。中央・右にポイントジャムパン、中央・左に自腹ジャムパン。テーブルの端に88円ジャムパンを置いたのは照れ臭いからだ。
さて、どっちから食べる。ポイントジャムパンがなにか得体の知れないものに見えてくる。自腹ジャムパンにするか。時給にして7分のジャムパン。明日になったら固くなる。ありがたく食べる自信がない。テーブルの端に88円ジャムパン。あきらめたようにあなたの手が88円ジャムパンに伸びる。
コーヒーカップが空なのに気づく。立ち上がろうとしてひざをテーブルに当てる。テーブルがあっけなくスローモーションで倒れていく。「あっ、ジャムパンがテーブルから流れ落ちていく」。
ものの見事にジャムパンがテーブルの下敷きになっている。あなたはジャムがはみ出たジャムパンを見て頭を抱える。これじゃ、どっちがポイントジャムパンで、どっちが自腹ジャムパンか分からない……。
あなたはつぶれたポイントジャムパン、自腹ジャムパンの下半分をちぎって食べる。甘くておいしい。ジャムパンに罪はない。この世にポイントがなければよかったのか。残っているジャムパンを合体させると1個のジャムパンになる。
ありがたい。ホントにありがたい。ああ、どうすりゃジャムパンは幸せなんだっ?!
無傷の88円ジャムパンが、少し離れたところで「ふん、かわいいね」とつぶやく。88円ジャムパンは「3個買うと1個もらえる」キャンペーンでもらったパンだった。
おわり